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久しぶりに堺を散策した。 堺観光コンベンション協会発行の観光地図片手に、南海百舌鳥八幡宮駅からJR百舌鳥駅までの約1時間の 散策だった。 正しくは佛頂山金林寺光明院。光明皇后発願により大平元年(729)創建、行基の開基と寺伝は伝える。 寺内の「頭守り地蔵」は神功皇后建立と伝えられ、頭痛、中風よけの地蔵として有名。 神功皇后が三韓外征の帰路、この地で幾万代まで天下泰平を祈願された。この地を万代(モズ)と称し ここに斎き祀られたと伝えられている。現在も厄除け開運として市民の信仰が篤い。秋祭りは月見祭として広くしられ、特にふとん太鼓の勇壮華麗な宮入が有名で、数10万人の人出で賑わう。 百舌鳥八幡宮の社殿は享保11年(1726)の建立、社殿前の大楠は推定樹齢700〜800年、幹回り約5.2m、樹高約25mある。 高林家住宅 この周辺は古い家がまだ残っている。この中で特に規模が大きいのが「高林家住宅」だ。 白壁の築土塀に囲まれ、母屋の一部は萱葺きだ。土蔵などの建物は外からでも分るが非公開なので詳細は分らなかった。 高林家は和泉国にあった徳川御三卿のひとつ、清水家の領地33か村の内11か村の大庄屋であった。 母屋は天正年間(1573〜1592)に建てられたもので、大阪府下で最も古い民家のひとつ。 敷地内には母屋のほかに土蔵、不動堂、稲荷社があり、山林を含めた敷地全体が江戸時代の当地方の大規模な庄屋の屋敷構えを現在に伝えているとのこと。 全長約186m、高さ約17mの前方後円墳、百舌鳥古墳群の中で4番目の大きさ。第15代応神天皇の陵との伝説があるが本当の被葬者は明らかでない。墳丘部分は陵墓参考地として宮内庁が、周濠部分は溜池として地元が管理している。 |
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