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古代律令制度の時代、当時は祭政一致の色濃いので、朝廷の命で任国に派遣された国司は国中の神社を巡 拝する習わしだった。 しかし、その煩わしさを解消するため、平安末期には国府の近くに国中の社を合祀した社、「総社」が造 総社市の備中国総社・総社宮はその一つで、主神は大名持命(大国主命)と須世理媛命だが、備中国324 社の社を合祀する神社である。 現在の総社市の街はこの備中国総社・総社宮の門前町として発展した。また、市名の由来ともなった。 総社宮はJR吉備線 東総社駅の前にある。 社殿は長い回廊で結ばれ、拝殿には多くの絵馬が奉納され、中には円山応挙や大原呑舟の絵馬があるそうだ。 総社宮の近くにあったレトロナ洋風建築。明治43年(1910)に建てられた旧総社警察署で、現存市内唯一の明治洋風建築とのこと。 多角形の楼閣風の入口が明治の雰囲気を漂わせている。 現在は一階は歴史コーナーと物産展示を、二階は売薬、鋳物、イ草など伝統産業の資料を展示している。 まちかど郷土館辺りから、JR総社駅に通じる道は古い街道だったのだろうか、このような古い趣のある民家が点在していた。 |
山陽紀行
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