ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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JR名古屋駅から地下鉄に乗り、覚王山で下車し、地上に出るとそこは日泰寺の参道であった。

1898年英国の考古学者がネパールに程近いインド北部の古墳から人骨が納められた紀元前3世紀頃の古代

文字が刻み込まれた壺を発見した。文字を解読した結果、人骨は佛舎利と判明した。

当時インドを統治していた英国政府は、唯一の独立国家の仏教国であるタイ王国(当時はシャム)に寄贈

した。タイではバンコクのワットサケート寺のプーンカオ・トーン(黄金の丘)に安置した。

覚王山日泰寺は我が方の懇請により、明治33年(1900)タイ(当時シャム)から寄贈された佛舎利を祀るた

め、明治37年(1904)に設立された我が国唯一の超党派の国際的寺院である。(19宗派の管長が3年交代

で住職を務めている)

山号は釈迦を表す「覚王」、寺号は日本・タイの友好を願い「日泰寺」と名付けられた。


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山門


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境内(本堂、五重塔)
本堂にはタイ国王から送られたタイ国宝の金剛佛の釈迦如来像を本尊として安置し、外陣正面には新本堂落慶を祝し、現国王プミポン陛下より送られた勅額がかかげてあった。タイ文字で「釈迦牟尼佛」と記されている。


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奉安塔
タイから贈られた佛舎利を奉安するもの。高さ15mのガンダラー式の一大石造塔だが、手前の拝殿で遮られ、台座の一部を垣間見ることができるだけだった。


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慰霊塔
奉安塔の北西に巨大な鉄砲玉のような形をした慰霊塔が建っていた。
日清戦争により戦死した第一軍の762名を慰霊するもので、当初は広小路の終端である武平町に建てられたが、広小路通りの延長に伴い、大正9年(1920)現在地に移されたものだ。


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東山給水塔
日泰寺の境内、特に奉安塔、慰霊塔辺りから、西の方に眺められる三角屋根の塔だ。
昭和48年(1973)に43年に及ぶ使命を終え、昭和54年(1979)に常時300㎥を蓄える災害対策用の応急施設に生まれ変わった。このトンガリ屋根の展望台は昭和58年(1983)に設けられた。毎年”春分の日”と”水の日(8月1日)”に公開され、展望台に上ることが出来る。塔の内部は資料館となっていて名古屋の近代水道の歴史を知ることが出来る。

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