ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

山陽紀行

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海底を歩いて下関側へ

門司側の和布刈(メカリ)神社近くに関門トンネル人道の入口があった。

エレベーターで約55mの地底部に降る。そこから約780mの地底部歩いた。


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          門司側人道入口


関門トンネルは昭和12年(1937)計画され、戦争による中断はあったものの21年の歳月をかけて、昭和33年

(1958)完成した海底トンネルである。車道(全長3461.4m)下には人や自転車も通れる人道を備えているの

だ。ほぼ中央が福岡県と山口県の県境で、線で表示してあった。


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          福岡県・山口県県境

十数分かけて海峡を渡り、再びエレベーターで上ると目の前は源平合戦が繰り広げられた壇ノ浦だった。

霧が依然と漂っていた。霧で対岸(門司側)が全く見えない。海岸沿いに、「源義経の八艘飛びの像、義経

を追っていた平教経が錨の綱を身に巻きつけた像」とか、「安徳天皇御入水の処」の碑、「壇の浦古戦場

址」の碑が並んでいた。


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義経八艘飛びと平教経
剛勇で知られる平教経は源義経を追うが義経は身ごなし軽く八艘飛びして逃げた。教経は最早これまでと錨の綱を身に巻きつけ入水した。


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「安徳天皇御入水之処」碑
二位尼辞世「今ぞ知る みもすそ川の 御なかれ 波の下にも みやこありとは」


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「壇の浦古戦場址」碑
寿永4年(1185)3月24日平知盛を大将とする平家と源義経率いる源氏が最後の決戦をおこなった。

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