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京都駅から油小路を上ると仏具店が多くなる。その町は仏具屋町。そこから西、堀川通りに面して門が建 ち、堀川通りを渡った先は西本願寺で、ちょうど阿弥陀門が建っていた。 阿弥陀門をから境内に入ると正面に阿弥陀如来像を本尊とする阿弥陀堂、その南側に10年あまりの歳月を かけた大修理が終わった御影堂が並んで建っている。 夫々のお堂に昇り他の信徒の方々に混じってお参りした。境内南に、桃山文化の粋を今に伝える悲雲閣、 滴水園、書院という見所があるが、訪れ時は非公開だとかで、残念ながら拝観できなかった。 が愛読している五木寛之の「百寺巡礼」(第3巻)に、そのすばらしさが述べられていたのでぜひ拝観したかったのであるが・・・。 やむなく参拝した後は、境内を暫らくぶらつき、一旦外に出、西本願寺南側、北小路から国宝「唐門」を 眺めてきた。 西本願寺は親鸞の娘・覚信尼が東山の廟堂を建てたのが始まりとされ、天正19年(1591)豊臣秀吉から寺地 寄進を受け、現在地に移った。 親鸞聖人は弘長2年(1262)没し、平成23年(2011)は親鸞聖人750回大遠忌に当る。 西本願寺ではその法要に向け着々と準備が進められたいる様だった。 仏具屋町と門 御影堂(左)と阿弥陀堂(右) 阿弥陀堂は宝暦10年(1760)再建されたもので、東西約42m、南北約45m、高さ約21mの大建築、重文。 御影堂は寛永13年(1636)に創建せれ、親鸞聖人の御真影(ゴシンネイ)を安置している。東西約48m、南北約62m 、高さ25m 御影堂正面の門で、阿弥陀堂門とともに堀川通りに面して建っている。唐破風があり、阿弥陀堂門に比べ金ぴかな門だったので、恥ずかしいことに、 は長い間この門が、国宝のかの唐門だと思っていた。唐門 豊臣秀吉が建てた伏見城の遺構といわれる(国宝) 唐門の破風 精緻な彫刻は極彩色で、黒漆塗りの柱や梁に映える。 善人なほもって往生をとぐ。いはんや悪人をや。 しかるを 世の人 常にいはく、「悪人なほ往生す。いかにいはんや善人をや」。 この条、一旦そのいはれあるに 似たれども 本願他力の意趣にそむけり。 そのゆゑは、自力作善の人は、ひとへに他力をたのむこころかけたるあひだ、弥陀の本願にあらず。 しかれども、自力のこころをひるがへして、他力を頼みたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。
(唯円「歎異抄」第三章) |
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が愛読している五木寛之の「百寺巡礼」(第3巻)に、そのすばらしさが述べられていたのでぜひ拝観

