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阪急宝塚線中山駅で下車し。50mほどの駅前商店街を抜けると中山寺があった。 中山寺は山号を紫雲山といい、真言宗中山寺派の寺で、西国三十三箇所観音霊場の第24番札所で, 近畿36不動尊霊場第21番である。 寺伝によれば、用明天皇2年(587)聖徳太子の夢枕に立った(仲哀天皇の先の皇后)大仲津媛のお告げにより 建立されたという。古くより、安産・求子の観音として信奉を集めている。 本来なら目の前に徳川家光が再建したという山門が豪壮な姿を見せているはずだが、今は大修理中で工事 の覆いがされてまったく見られない。 左右の仁王様も同じである。しかし、仁王様が立っていそうな箇所に多くの草鞋が奉納してあった。 昔の巡礼は、今と違って大変なことであった。最後まで耐えぬけられるように仁王に祈ったのと、巡礼の途中、草鞋が磨り減った時、先の人が奉納した草鞋を借用し、次の札所に新しい草鞋を収める、という助け合いの慣わしがあった為だという。 仁王門をくぐると、左右に塔頭が並び、夫々が現世御利益を競っていた。そこを抜けると、本道前の石段に突き当たった。横にはエスカレーターが設置してあった。安産・求子の御利益で有名で、妊婦、子連れが多い為の配慮らしい。 本 堂 聖徳太子が創建してから堂宇は度々の雷火や兵火で焼失し、現在の本堂は慶長8年(1603)豊臣秀頼が再建させたもので桃山時代の代表的仏堂建築。 本尊は十一面観世音菩薩立像(木造、弘仁時代、重文)、寺伝によれば、勝鬘経の主人公、勝鬘夫人(古代インド・アユジャ国のシュリーマーラ王妃)が女人救済を悲願として自らの姿を等身大に刻んだと伝えられ、脇仏は運慶、湛慶が刻んだ2体の十一面観音像である。 本尊と合わせると、お顔が33観音となり中山寺を参詣すると、33霊場を巡ったと同じ御利益があるという。 なお、本堂の前には「びんずるさん」(釈迦の弟子・びんずる尊者の像)があり、願い事や出産のお礼の言葉を書き込んだ「赤ちゃんのよだれかけ」が多数供えられていた。
護摩堂 慶長8年(1608)再建 桃山時代の僧堂様式を遺す 本尊は2童子を脇侍とした不動明王(平安後期) 須弥壇には四大明王を配し中尊の不動明王と合わせ五大明王形式をとっている。近畿36不動尊霊場第21番札所
平成9年(1997)建立 |
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