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16日のNHK大河ドラマ「天地人」では豊臣秀次(真島秀和)が秀吉(笹野高史)に切腹を命じられたそう だ(「そうだ」と言うのは はTVを観ていないからで,家人達の話を耳に挟んだのだ)。三条大橋の西側、鴨川と鴨川に添って流れる高瀬川の間にある瑞泉寺と言う寺がある。 そこに秀次一族の墓所があると、聞いたので行って見た。 瑞泉寺は京都の寺としては小さく、ビルに囲まれているが、すぐ見つかった。 慈舟山と号し、浄土宗西山禅林寺派の寺で、豊臣秀吉の甥豊臣秀次一族の菩提を弔う為に建立された寺で ある。 秀次が文禄4年(1595)7月高野山にて自刃させられ、同年8月秀次の子妻妾たち39名が三条大橋にし河原で 処刑された。 遺骸はその場に埋葬され、塚が築かれ石塔が建てられたが、その後の鴨川の氾濫などにより次第に荒廃し た。 慶長16年(1611)角倉了以が高瀬川開削中にこの墓石を発掘して、墓域を再建するとともに、その地に堂宇 を建立したものが瑞泉寺である。寺号は秀次の法号「瑞泉院殿」からきている。 瑞泉寺山門 引導地蔵堂 安置されている地蔵は、秀次一族処刑の際、四条大雲院の僧「貞安上人」が刑場の一隅に運び込み、次々と打たれる子女達の引導を授け続けたと伝わる尊像とのこと。 極楽浄土へ死者を導く「引導地蔵尊」として京洛の人々に今日なお崇敬されている。 秀次一族の墓所 境内には秀次の墓、及び子妻妾や殉死した家臣らを弔う49柱の五輪塔がある。 秀次の墓所 墓域は慶長16年(1611)創建のときに築かれた。正面三基の墓石は当時のもので中央正面の古石は秀次の首を納めた「中空の石櫃」で正面右下に「七月十五日」と読めるそうである。 周囲の五輪の石塔は後世に建てられたもの。 合掌 |
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はTVを観ていないからで,家人達の話を耳に挟んだのだ)。



日本の寺は皆そのように空間が小さくて、静かだそうですよね。
2009/8/19(水) 午前 10:18 [ Mary2011 ]