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以前佐賀県に住んでいたころ、博多から松浦半島にかけて神宮皇后に関わる伝説が多くあって驚いたこと があった。 同じように、兵庫県から大阪府(旧国名では播磨から摂津)の瀬戸内海沿岸にも神功皇后に関わる神社な ど古跡が多くあることに気づいて驚いている(以前のブログを繰っていただけば分ると思う)。 明石市の西部、二見町、山電東二見駅から徒歩5分ほどの所にある「御厨(ミクリヤ)神社」もそうだった。 御厨神社の祭神は素蓋鳴命(スサノオノミコト)、応神天皇、菅原道真で、二見の鎮守として人々から信仰されてき ている。 幕末に社殿が焼失した。その際、記録文書も焼失し、創立の時期、由緒は不明だ。 ただ、社伝によると、神功皇后が三韓出兵の際、二見浦に船を泊め食料を調達したところから御厨(神饌 を調達した所)の名が付いたとも言われる。 貞観年間(859〜877)に八幡宮を観請、寛和年間(985〜987)に天満宮を勧請している。 社 頭 社 殿 延喜元年(901)菅原道真が大宰府に左遷されて、西行の途次 ここに上陸したといわれ、 鳥居の近くに、「菅公仮寝の松」の碑が建ててあった。 |
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