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JR二条駅から北に、千本木通り及びその周辺をぶらりぶらり歩いていると、平安京の建物跡を示す標識 の石柱や碑が幾つか建っていた。これらを見ていくと、平安京の中心は、現在の御所の位置とは異なり、 この辺りが中心だったことが分る。 大学寮跡碑 千本木通りを渡り、押小路通を東200m「二条城撮影所跡碑」南向かいにある祠に隠れるようにして立っていた。貴族の教育機関「大学寮」があったとされる場所。 源氏物語では、光源氏と葵上の間にもうけた息子・夕霧が通った。 千本木通に面して建っていた。ここから広大な朱雀大路が南の羅城門に向って延びていた事になる。 二条城北約100m、丸田町通沿いに建っていた。 大極殿遺祉碑 千本丸田町(千本木通と丸田町通の交差点)の北西にある内野児童公園内に建っている。 大極殿は八省院とも呼ばれる朝堂院の正殿。安元3年(1177)焼失後は再建されず、大極殿の儀式は内裏の紫宸殿に移った。 この碑は明治29年(1895)建立された。 千本木通を歩いていると、歩道と車道を分ける縁石に表示してあった。 |
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