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山科の聖天さんから下り、山科の疎水に架かる安朱橋から疎水の道を歩く。道沿いに植えられている馬酔木や椿が満開だ。
もう暫らくすると桜が満開となり様相が一変することだろう。
20分位歩くと、天智天皇山科陵(テンジテンノウヤマシナノミササギ)に着いた。
両側に鬱蒼と木々が茂る石畳の参道を行くと、急に視界が開け、白砂の奥に山科陵があった。
陵そのものは、南向きの緩やかな斜面に造られた上円下方墳といわれるが参拝場所からはよくわからなかった。
秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ
天智天皇
再び、天智天皇山科陵の参道入口に戻ると、入口脇に日時計碑が建っているのが目に入った。
ここに建てられたのは、天智天皇が日本初の水時計(漏刻)を飛鳥に造ったことに因む様だ。 |
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