ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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真如堂の南に、「黒谷(クロダニ)さん」と呼ばれる金戒光明寺がある。

山号は紫雲山で、浄土宗の大本山である。

承安5年(1175)法然上人が比叡山を下り、初めて道場を開き、念仏布教を行ったのが起こりとされる。

法然上人がこの地で念仏した時紫雲全山にたなびき、光明が辺りを照らしたという。

後光厳天皇から金戒の二字を賜り、金戒光明寺と呼ぶようになった。

また、幕末には京都守護職会津藩千名の本陣にもなった。



イメージ 1 総 門
高麗門で、法然上人800回大遠忌の高札や、京都守護職会津藩松平公本陣旧趾の看板が立っていた。


イメージ 2

                     山 門
万延元年(1860)再建。楼上正面の額は後小松天皇の筆によるもの。
楼内には釈迦三尊像と十六羅漢像を安置している。


イメージ 3

                    御影堂(大殿)
昭和19年(1944)再建。内陣正面には宗祖法然上人75歳の御影(坐像)を安置。
内陣左横で、運慶作と伝えられる文殊菩薩騎獅像や千手観音像(吉備観音)、吉備真備像を拝観した。
文殊菩薩騎獅像は最勝老人、佛陀波利三蔵、優填王(ウデンオウ)、善財童子(最近造像)を脇侍とする「渡海文殊形式(五台山文殊五尊像)」だった。

としをへて またたのむべき 観世音 命なりけり よしだなかやま


イメージ 4 阿弥陀堂
慶長10年(1605)豊臣秀頼により再建で当山諸堂宇のなかで最も古い建物。


イメージ 5 阿弥陀堂内部
阿弥陀堂を覗くと、本尊阿弥陀如来が安置されていた。この阿弥陀如来は恵心僧都の最後の作で、「ノミおさめ如来」または「お止めの如来」と称されている。


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はじめまして☆ 黒谷さんの当たりも素敵ですよね♪
私も大好きなところです☆ また桜を見に行きたかったなぁ♪

2010/4/4(日) 午前 1:01 京にゃんこ&京ねずみ


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