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JR明石駅から神姫バスで約20分「谷口」で下車、そこより徒歩十数分の山中に目指す如意寺があった。 如意寺は山号を比金山と称し、本尊を地蔵菩薩とする天台宗の寺である。 寺伝によれば、梵僧(インド渡来の僧)法道仙人が推古天皇の勅により、櫨(ハゼ)の木で彫った地蔵菩薩像 祀ったのが起源とされ、大化元年(645)孝徳天皇の勅願寺となり堂塔伽藍が建立された。 その後一時衰退したが平安中期に願西尼により中興されたと言う。 法道仙人草創の話は伝承の域を出ないが、12世紀頃の古文書に「地蔵堂に土地を寄進する」という記述が あることから、その頃には寺観が整ったと推定される。また、寺院所蔵の古文書群から、中世から近世に かけて隆盛を誇ったことが知られるとのこと。 現在は、本堂は礎石のみであるが、本堂跡の東側の高台に三重塔、西側には阿弥陀堂(常行堂)、これらの 手前に文殊堂を配して、近隣の太山寺とも共通した天台宗独自のものと思われる。 また、これらの堂宇とは約300m離れたところに山門がぽつりと建っていたがこれは当時の寺域の広大さを 物語っている。 Zさんから「伝平惟盛の宝篋院塔」があると教えられてきたが、住職さんに尋ねると「誰が言い出したか 知らないが、平惟盛とは全くの根拠の無いこと。近くの山中にあり、分りにくいところにある。」とのこ とだったので、所在を特に確認をしなかった。 伽藍から離れて建っていた。仁王像が安置されている。 仁王像(阿形、吽形) 安置されている仁王像は、鎌倉時代作の大型塑像である。 文殊堂 傾斜地に建てられており、懸造様の高床の堂。部材の墨書から享徳2年(1453)の建立の思われる。 重文 格子より内部を覗く。文殊菩薩像を安置する厨子らしきものとその左右を含め3体の像が立っているのがわかった。 至徳2年(1384)建立、 重文 軒の出が深く美しい総和様の建物 三層各階には大日如来像、釈迦如来像、多宝如来像を安置し、法華経と密教思想の融合を表している。 阿弥陀堂(常行堂) 応永13年(1406)、寛文12年(1672)に大きく改修されているが、院政末期(12世紀末〜13世紀初)に建てられたもので、神戸市内最古の建物、重文 第二次大戦後まもなく解体され、現在は礎石を残すのみとなっていた。 |
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