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10日ほど前「上御霊(カミゴリョウ)さん」の名で親しまれている御霊神社(上御霊神社)を参拝した。 暦の上では秋だが残暑が厳しい。御霊神社では2日後の18日の祭のための準備に入っていた。 御霊神社に来たのは、ここが応仁の乱勃発の地として名高いからである。 室町幕府8代将軍足利義政の時、将軍後継者問題と、将軍を補佐する管領家の継嗣争いが絡み合い、 一発触発の情勢になった。 ここに陣を敷く畠山政長に対し、応仁元年(1467)1月18日畠山義就(ヨシナリ)の兵が攻め込んだ。 一晩の戦闘の結果、政長は拝殿に火をかけて逃走した。 これが10年余りにわたって京を焼きつくし、戦国の世を招いた応仁の乱の始まりとなったのだ。 石鳥居の(向かって右)脇に建つ。 往時には神社の南側に鬱蒼とした森が広がっていたそうだ。 正面本殿には崇道天皇(早良親王、光仁天皇第二皇子、桓武天皇弟)、など8座を祀る。 入母屋造りで、正面に一間の唐破風の向拝がついている。 享保18年(1733)に寄進された賢所御殿を復元し昭和45年(1970)再建されたもの。 |
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