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せっかく南田辺に来た序でにと思い、法楽寺参拝の後、周辺をぶらりぶらり歩いてみた。 法楽寺を中心に200m以内に模擬原子爆弾投下地碑、聖徳太子が登場する股ヶ池明神、神功皇后が登場 する神馬塚 などがあった。 法楽寺より東北へ200mほど歩いた所にあった。 平成13年(2001)建立 広島、長崎の原爆投下を想定して、昭和20年(1945)7月26日模擬原子爆弾(原爆と同形の火薬爆弾)が投下し、7名が死亡、多数が罹災した。 模擬原子爆弾だったと判明したのは、平成3年(1991)のこと。
桃ヶ池 公園
法楽寺から西北200m、JR阪和線西沿いに池を中心にした公園。蓮がぎっしりと植えられている池と、周囲が木々に囲まれた静かな池からなっていた。 どちらの池にも金網フェンスで囲まれ一般人が近づけられないようになっていた。 何故だろうか? 古くは股ヶ池と書かれた。 池畔の丘には、股ヶ池明神が鎮座している。 聖徳太子が大蛇を埋めて祀ったという伝承があり、昭和初期まで「おろち塚」があったという。 股ヶ池明神 祭神:丸高龍王、丸高大神(学問の神)、丸長龍王 丸長大神(商売の神)、現在は天在諸神と称して天照大神以前の18柱の神が配せ祀られている。 推古天皇の御世 股ヶ池の中央にある浮島のくぼみに胴回り1丈6尺(3.6m)長さ3丈6尺(11m)もあろうかと思われる大きな怪蛇の死体が横たわっていた。 聖徳太子がこの地に穴を掘って怪蛇の死体を埋めたが、その後も引き続き池には怪異が起こり、怪蛇の霊が浮かばれないからだと言うので、塚を建て「おろち塚」と称して祀ったのである。 その後年月が経て、高津3番町に住む信心深い角田某という人が、ある夜、夢の中で神前に祈祷している際、にわかに紫雲たなびき、その中に龍が降りてきて悲しい声で「どうか股ヶ池に於いて祀りをしてくれ」と哀願するや夢から醒めた。 信心深いこの人は、神の御宣託と「おろち塚」の北の所に一宇を建て、丸高・丸長の二龍神を祀ったと伝えられる。因みに「おろち塚」は昭和初期まで残されていたそうだ。 JR阪和線東沿いにあった。まるで更地に造成したところの中央に碑がにあった。 周囲は金網フェンスで囲まれ塚碑に近づけられないようになっていたので遠くから眺めるだけだった。 したがって、碑の後の白い囲いの中はどうなっているのか確認できなかった。 この塚は住吉大社の神馬の墓であるという。 神功皇后が朝鮮半島から連れ帰った白馬が、ある日、住吉大社から逃げ、田辺の地で休んでいた。 そこで田辺を神馬飼育の地に定めた。以後神馬は朝夕、田辺と住吉大社を往復していたという。 |
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