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錦秋を求めての旅の二日目、岐阜県側の新穂高温泉から長野県側の上高地に移った。
上高地は英国人宣教師ウオルター・ウェストンにより、その著書「日本アルプスの登山と探検」で紹介されて以来、日本アルプスの登山口、あるいは日本屈指の景勝地と知られるようになった。
今日も、秋の景勝を探索しようとする多く人々が訪れていた。
だが、今日は更に曇っており、霧も深い、梓川沿いを散策中にとうとう雨が降り出した。
散策路の紅葉
焼岳と大正池
焼岳(2355)は北アルプス唯一の活火山。明治末期と大正初期の活発な活動により現在のような山体、鐘状火山になった。大正4年(1915)の大爆発によって梓川が堰き止められて大正池ができた。池の中のに立つ立ち枯れの樹木が綺麗だ。
焼岳は、最近では、昭和37年(1962)爆発があり、泥流を大正池まで押し出した。
梓川に掛かる河童橋
河童橋は上高地のシンボル的な存在の吊り橋。奥に奥穂高岳(3190)が眺められるはずだが・・・。
橋の上で、傘をさしながら恨めしげに、穂高連峰が聳えていそうな方向に眺めている人が多くいた。
架設は明治43年(1910)、その後老朽化で度々架け替えられて現在の橋は5代目である。
河童橋の近くに五千尺ホテルが建っていた。
芥川龍之介は昭和2年(1927)河童橋周辺を舞台に「河童」を書いた。
・・・ぼくは人並みにリュク・サックを背負い、あの上高地の温泉宿から穂高山に登ろうとしました。・・・・
僕は「あっ」と思う拍子にあの上高地の温泉宿の側に「河童橋」と云う橋のあることを思い出した。
( 芥川龍之介「河童」 )
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甲信越風土記
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