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坂越の中心街で古い町並みが続く大道を東に進んでいくと、黒羽目板あるいは漆喰壁がつづく奥藤(オクトウ) 酒造の酒蔵や家屋だ。この辺りが坂越で一番美しい町並み、といわれている。 酒蔵の一部は奥藤酒造郷土館となっていた。 奥藤酒造を過ぎると直ぐに坂越浦に出た。沖には秦河勝の伝説が伝わる生島(イキシマ)が美しい。 海岸に面して旧坂越浦会所が建っていた。江戸時代の村会所を復元したもので、建物は商家の造りに武家 屋敷のしつらえが整えられた珍しいものらしい。 これも内部を拝観したが、 のように建物に素人には、建物の特徴よりも二階からの海の景色の方が印象的だった。 奥藤酒造 奥藤酒造は慶長6年(1601)から続く造り酒屋。 家屋は大名の本陣に当てられたほどの格式の高い建物で約300年ほど前に建てられた。また、寛文年間(1661〜1637)に建てられた酒蔵も現存している。 酒蔵の一角にある郷土館は大庄屋や船手庄屋も務めた奥藤家に残る酒造道具、廻船業関係の資料、生活用具などを自由に見学が出来る。 奥藤酒造全景 生 島 坂越の町から目と鼻の先に浮かぶ周囲僅か1.6kmの小島 秦河勝は聖徳太子の死後、蘇我入鹿の乱を避け、坂越のこの島に上陸したと伝えられ、秦河勝の墓とされる円墳がある。 また、古来より大避神社の神地として入ることを禁じてきたので、樹木が原始のままの状態を保っており、国の天然記念物に指定されている。 大避神社の船祭りの渡御が行われる際のお旅所があり、そこに祭りに使われる和船が格納されている船倉がある。 天保2〜3年(1831〜1832)行政や商業の事務をとる為、村会所として建てられ、赤穂藩の茶屋的役割を担っていた。 坂越は赤穂藩の商業の中心として繁栄した。 2階の藩主専用の部屋・観海楼に度々殿様が訪れている。 現在の建物は平成6年(1994)復元したもの。 |
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