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京都御苑の西南に閑院宮家跡がある。 閑院宮は江戸時代の四親王家の一つで最も新しく、宝永7年(1710)の創設された。 第118代後桃山天皇が急逝してため、閑院宮家出身で9歳で皇統を継いだのが光格天皇であった。 邸宅は宮家が東京に移った跡、華族会館や裁判所などに使用され、明治16年(1883)宮内省京都支所が 設けられた。 屋敷も建替えられたといわれているが、当時存在していた建物や材料が使用されたことが推測される。 平成15年(2003)から3年かけて全面的な改修と周辺整備が行われ、平成18年(2006)竣工した。 主屋内には京都御苑の自然や歴史が学べる収納展示室があり、日に数度係員が説明もおこなっている。 主屋の前には広い庭、北には武家屋敷を思わせる長屋門があった。 明治19年(1889)の記録には門長屋とあり、撤水用馬車庫や厩舎用建物だったらしい 資料室に京都御苑整備の原点となった大内保存御沙汰書(レプリカ)が展示してあった。 趣旨は次の通り: 京都大内(御所)は千余年の皇居であるが、東京に移って8、9年に過ぎないのに荒廃している。 9門の内側も荒れ果てて雑草が生い茂っている状態なので、特別に本年より明治21年まで毎年内庫金4千円を給付する。京都府において保存方法を設け、永く旧館を失わないように。 幕末の京都御所周辺図はここをクリック。
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