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「上野の清水堂と春の桜、秋の紅葉の対照もまた、日本固有の植物と建築物との調和を示す一例で ある。」 (永井荷風「日和下駄」) 日が西に相当傾きかけた頃、久し振りに上野公園を歩く。 東照宮からJR上野駅に向かって歩いていると、清水観音堂が目に入った。 序でにと言ったら仏様に失礼かも知れないが、序でに寄って拝してきた。 元々寛永寺を開創した天海が京都清水寺を模して寛永8年(1612)創建したものだ。 当初は現在地より100m余北にあったが、元禄7年(1694)この地に移築し現在に至っている。 観音堂は最近解体修理が行われた所為か、夕陽に照らされた観音堂は、丹色が更に鮮やかに見えた。 清水観音堂(舞台下から) 桁行五間、梁間四間、単層入母屋造り、本瓦葺き 重文 不忍池に臨む正面の舞台造りは江戸時代より浮世に描かれるなど著名な景観である。 近年老朽化が目立ち、平成2年(1990)より全面的な解体修理工事を実施、平成8年(1996)完成。 清水観音堂(舞台から) 本尊は千手観音菩薩坐像、京都清水寺より奉安したもので秘仏、平常は厨子内に安置するが毎年2月初午の日のみ開扉される。 脇本尊の子育観音は子供に関するさまざまな願いをもつ人々の信仰を集め、願い事が成就した際には、身代わりの人形を奉納する。9月25日には奉納された人形を供養する行事がある。 なお、江戸時代正月10日は、諸大名が参詣のため、この前を通る行列を品評したのか、古川柳に 清水に 居て大名の 評議する(「誹風柳多留」9篇 )というのがある。 案内図 |
関東紀聞
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