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住吉大社の摂社・大海神社北門から出ると直ぐ右手(即ち、東方向)に一運寺と云う寺があった。 聖徳太子創建と伝わる浄土宗の寺で、一見ごく普通の寺である。 ただ、門前に「赤穂義士乃墓」と刻まれた標柱が建っていたので境内に入ってみた。 門をくぐると、参道正面に鉄筋コンクリート造りの本堂があり、参道の右手に赤穂四七士の内、 (向かって左から)寺坂吉衛門、大石内蔵助、大石主税の墓が建っていた。 説明板によると次の通り: 昔、近くに天野屋利兵衛の菩提寺・龍海寺という寺があった。 利兵衛より4代目が赤穂四七士を顕彰するため47士の墓を建て、持仏堂内に47士の木像を安置した。 しかし、明治維新の際、廃寺となり、多くの墓石は他の庭石などに持ち去られ、又は砕かれつつあった。 これを見かねて、一運寺は残っていた墓石3基を寺内に運んで供養して建立した。 なお、木像の方は、天王寺茶臼山池畔の観音寺内に持仏堂と共に移されている。 一運寺門前 本堂 寺坂吉衛門、大石内蔵助、大石主税の墓 |
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