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JR京都駅西南方向、京都を代表する寺院東寺がある。 南北は九条通、八条通、東西は大宮通、壬生通に囲まれた広大な寺域を誇る。 かっての平安京では、メインストリートの朱雀大路を中心にして、その東寺と対称の位置に西寺があった という。 その跡を訪ねて、朱雀大路の南端に建つっていた「羅城門の跡」の碑が建っていた「花園児童公園」北側 の道を西に向かって5分ほど歩くと唐橋小学校があり、その北隣りに唐橋西寺公園があった。 唐橋西寺公園及び唐橋小学校を含む周辺がかっての西寺跡で史跡の指定を受けている。 とは言うものの、唐橋西寺公園の中央に講堂跡といわれる土檀と礎石、西寺跡の碑が建っているだけであ った。 公園では、春の日差しを浴びながら若いお母さんが、幼い子供を遊ばせていた。 九条壬生から眺めた南大門と五重塔 西寺と共に造営された東寺は,真言宗根本道場として、 また、寺宝を多く有する観光寺院として 今も隆盛を誇っている。 西寺跡(講堂跡) 西寺は平安京が遷都されてからすぐの延暦15年(796)頃から造営された官寺である。 金堂、講堂、を中心として南大門、中門、塔、僧房、食堂など伽藍の主要な建物が建ち並び、国家の寺と して隆盛を誇っていた。 しかし、寺勢は早くから衰え、天福元年(1233)には塔も焼失し、以後は再興されることなく、土中に埋没 してしまった。 講堂跡周辺部は昭和35年(1960)から数回の発掘調査が行われ、多数のの建物跡や大型の井戸跡が発見され た。 西寺は早くから荒廃したため、伽藍配置の変化もなく、創建当初の伽藍を研究する上からも、重要な埋蔵 文化財が残されており、東寺と共に平安京を復元する基準となる寺院跡ととして歴史的価値が高いとのこ とである。
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