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浅草寺境内の西(本堂左方向)端に淡島堂が建っていた。 寛永19年(1642)火災で焼失した東照宮(東照大権現)の跡に、元禄年間(1688〜1704)紀伊国加太神社より 勧請したもの。 加太神社は淡島と呼ぶ小島に鎮座し、淡島明神の俗称があるため淡島堂と呼ばれている。 堂内に入ってみると、堂内には中尊の阿弥陀如来坐像、左脇壇には淡島明神を納めた厨子、右脇壇のは虚 空蔵菩薩立像更にその右隣に地蔵立像が安置してあった。 淡島明神は、江戸時代より女性の守り神として信仰を集めた。 現在でも毎年2月8日労いと諸芸上達を願う「針供養」が営まれ、女性の参詣人で賑わう。 淡島は 剣の山を 御殿にし (「川柳評万句」宝暦八年合印十) 祭神は少彦名命(淡島大明神、本地佛は虚空蔵菩薩) 旧淡島堂は昭和20年3月戦災で焼失。 現在の淡島堂は、戦後仮本堂であった影向堂(ヨウゴウドウ)を平成6年(1994)曳屋作業により現在地に移築したもの。 淡島堂も左前にある石燈籠 燈籠の下を潜ることで子供の虫封じや疱瘡除けのまじないになるとされている。 江戸時代から有名だったらしい。 明和7年(1777)造立 淡島堂の左前軒下にある天水桶 太平戦争時この桶に本尊の観音様を厨子ごと納め、本堂の地下に埋め、難を逃れたという。 雨が激しくなって来た、それに寒くなってきた。帰ることにする。再び仲見世、雷門に向かう。 途中、宝蔵門を過ぎ、二尊佛近くの茶店・木村屋本店に、店頭で煎餅を焼く光景に惹かれて、 休憩の為に入る。 店員の勧めで、浅草団子を注文。 熱いお茶に、ほっかほかの団子、体が温まった。 この後、友人OとIが、さらに温たまる所へ案内してくれ、最終便で神戸に帰った。 熱々の御手洗団子にきな粉をたっぷりまぶしたものだった。 偶然同席したお嬢ちゃんの話では、 ここの団子はWEBで評価が高いとのこと。、 |
関東紀聞
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