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大門をくぐると、右手は川、左手は堂宇石碑が並ぶ参道となっており、中門まで続く。 実は、 は昨年晩秋にも訪れている。その時は、連れがいたり、時間が遅かった所為もあって、参道脇の堂宇や石碑を見ることなく、まっしぐ らに本堂へ行った。 今回は、一人である上、時間も十分にあるのでゆっくり見ながら歩いた。 特に、ほぼ満開の桜を愛でながら。 粉河寺の開創は、鎌倉時代初期の「粉河寺縁起絵巻」(国宝)によると、宝亀元年(770)紀伊国の猟師 大伴孔子古(オオトモノクジコ)が山中で不思議な池を発する池を見つけ、そこに小さな庵を建てたのが始まりと される。 その後、一人の童子(童男大士)が訪ねて来た。 孔子古は請われて一晩泊めたところ、そのお礼にと七日七晩掛けて千手観音を刻んで去っていた。 孔子古は殺生を止め、観音を信仰するようになったという。 弘法大師爪刻(ツメボリ)不動尊を安置している。 童男堂 延宝7年(1679)建立 粉河寺本尊千手千眼観音菩薩の化身・童男大士(童男行者)を祀る(秘仏)。 毎年12月18日「終り観音」の童男会が営まれ開帳される。 参道の脇に「観音出現池」と彫られた大きな自然石が立っていた。 昔はここの池があったと思って、やり過ごしかけた。 しかし、背後の漆喰塀の内側に池があるのだ。 本尊千手千眼観音の化身童男大士が柳の枝を手に白馬に乗って池より出現したと伝えられ、童男大士は現世利益の仏として、殊に病気平癒の霊験あらたか。祈願成就すればこの池に放生する風習がある。 漆喰塀の左の窓から覗くと池の畔に建てられた三角堂と中に安置された千手千眼観音菩薩像が拝観できる。 漆喰塀の中央の扉の窓から、池の築島のお堂に安置された童男大士像が拝観できる。 漆喰塀の右の窓を覗くと、直ぐ下に馬蹄石があった。 |
近畿紀聞
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は昨年晩秋にも訪れている。


