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ほぼ満開の桜の花を愛でながら参道をぶらりぶらり歩く。 仏足石、露座の阿弥陀如来像、念仏堂、太子堂を過ぎると中門の姿が見えた。 「粉河寺縁起絵巻」(国宝 京都国立博物館に寄託、写が本堂内陣で拝観できる)の後半では、千手観音 の霊験譚が描かれている。 河内国の長者の娘は重い病で明日も知れぬ命であった。 そこへ現われた童男行者が千手千眼陀羅尼を唱えて祈祷したところ、娘の病は全快した。 喜んだ長者のお礼は受け取らず、娘の提鞘(サゲザヤ)と緋の袴だけを受け取り、「紀伊国那賀郡にいる」と 言って立ち去った。 長者一家がそこを訪ねると、小さな庵に千手観音像が立ち、観音の手には娘の提鞘(サゲザヤ)と緋の袴があ った。 あの行者が観音の化身と知った長者一家はその場で出家し、孔子古(クジコ)と共に粉河寺の繁栄に尽くした とのことであった。 覆屋の中に仏足石とその背後に建てられた碑が安置してあった。 お釈迦様の足跡が石面に刻まれている。 釈迦の32好相の一つ「千幅輪相」の模様を表し、その大きさは偉大な人徳を象徴しているそうだ。 佛足石の背後に立つ。 文字は願海上人の筆によるもの 阿弥陀如来を安置する 江戸時代後期の総欅造りの建物 阿弥陀如来坐像 総長210m、像長144m 文久2年(1862)鐫字 粉河鋳物師として有名な増井盛信が文字の刻印したもので、 粉河寺山主願海が銘文を寄せ、銘文は両肩の背面と右膝側面に刻まれ梵字が多い。 紀州8代藩主徳川重倫や妹・光安院の生母清信院により寄進 聖徳太子を祀る 中門前風景 参道の先は中門が建つ。周囲の桜はほぼ満開で、中門の前には盥漱盤(カンソウバン)が置かれた手水屋があり、左奥には本堂の屋根が除く。 中門前に位置し、蓮の花と葉を象った盥漱盤(カンソウバン)から水が注がれる。 安永4年(1775)粉河寺鋳物所蜂屋薩摩掾5代目源正勝の作。 二百年以上前の作品ながら今でも働き続けている。 |
近畿紀聞
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