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猛暑の中、二つ目に訪れたのは近江寺である。 寺が建つ神戸市西区押部谷は、旧播磨国であり、江戸時代には明石藩に属した。 播磨33ヶ所観音霊場、および、明石33ヶ所観音霊場になっている。 近江寺は、山号を近江山で、高野山真言宗の寺院である。 本尊は、法道仙人が琵琶湖の水面に浮かぶ桜の木に刻んだ十一面千手観音。 その像が空を飛び、ここ押部谷に着いた。 そのとき道案内した老人が近江寺の鎮守神である牛頭天であったといわれている。 孝徳天皇の祈願所として栄えたが、その後衰微した。 承安2年(1172)平清盛によって摂津国清澄寺から慈心上人が招請され伽藍が整備し、中興開山となった。 南北朝時代には南朝方を支援するなど隠然たる影響力を持ち寺勢も栄えた。 その後も、播磨国守護赤松満祐、三木城主別所長治が祈願所とした。 戦国末の天正7年(1579)羽柴秀吉の「三木攻め」の際、兵火に遭い焼失した。 江戸時代初、三重塔、祖師堂、阿弥陀堂、護摩堂などを再建されたが、現在江戸時代の姿をとどめている のは本堂のみである。 本 堂 寛文2年(1662)再建 内陣と外陣は格子で区別され密教寺院の特徴を備えている 絵 馬 外陣には馬、合戦、舟などの絵を描いた絵馬が掲げられていた。 お前立の十一面千手観音 本尊は秘仏で66年に一度開扉される。内陣にはお前立の十一面千手観音菩薩立像が安置してあった。 播磨33ヶ所第26番札所
本堂の一段高い台地に建っていた。 法道仙人を案内した牛頭天(ゴズテン)を祀る 参道は綺麗に手入れされていた。 |
神戸物語
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