ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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JRにて姫路に向う時、JR御着駅を過ぎると、北側に播磨国分寺跡が見える。

一度確認したいと思いながら、このためにだけと言う思いもあってか、まだ行っていなかった。

偶々今回それに気付くと同時にその気になって、JR御着で降りた。

駅前の案内地図を頼りに、西北に7分ほど歩くと播磨国分寺跡が広がり、北側に現在の国分寺が建ってい

た。

播磨国分寺は言うまでもなく、天平13年(741)聖武天皇の国分寺・国分尼寺建立の詔により創建された。

往時には2町四方の寺域に南大門、中門、回廊、金堂、講堂、七重塔、僧坊等の壮大な伽藍が建ち並んで

いたらしい。

昭和43年(1968)から本格的調査が行われ、中門と金堂を回廊が結び、その東西に塔を配し、南大門−中門

−金堂が一直線に並ぶ「国分寺型」の伽藍配置であることがわかった。

なお、金堂、講堂が在ったらしい位置に、現在の国分寺が建っている。

平成5年(1993)史蹟公園として整備されされた。

現在創建当時の伽藍配置に基づき、塔や門、回廊などの基壇や、築地塀の一部が復元されている。

また、東隅に伽藍配置の縮小模型が置かれ、広大な寺域を持つ奈良時代の播磨国分寺の姿偲ぶことが出来

るようになっていた。



イメージ 1 播磨国分寺跡配置図



イメージ 2国分寺跡標柱



イメージ 3

                              国分寺跡(塔跡)
塔跡は、出柄式の心礎を中心に、大半の礎石が原位置を留めてる。
高さ約60mの七重塔が建っていたと考えられるそうだ。



イメージ 4

                               国分寺跡
南大門跡から北を望む。北の建物は牛堂山国分寺




イメージ 5

                             国分寺伽藍配置模型
手前が北。




イメージ 6播磨国分寺跡碑




イメージ 7復元築地塀
国分寺跡の西側に造られていた。

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2012/9/6(木) 午前 11:21 [ ufw295b3z37zbb ]


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