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今日は未明から強い風が吹き荒れている。
しかし、窓から見える幼稚園の桜はまだ鑑賞の価値はありそうだ。
4日に播磨国総社・射楯兵主神社の三ツ山大祭を見た後、桜が満開の姫路城に行ってきた。
桜が満開の時期に姫路城を訪れたのは平成19年(2007)以来だ。
平日に関わらず多くの人が訪れていた。
中国や韓国からの外国人が多かったようだ。
三の丸広場は「三ツ山大祭」の御旅所になっており、中央は、三ツ山大祭の関連行事が行われるため、空けられていたが、周辺にはシートを敷き花見を楽しむ人が多かった。
石垣の桜
桜門橋
訪れる人の多さがわかる
正面に修理中の大天守が素屋根に覆われている。
平成19年(2007)訪れたころは未だ修理がおこなわれていなかった
大手門(桜門)
門番に扮した人が二人愛嬌を振りまいていた
三の丸広場西側の景観
平成19年(2007)に訪れた時も同じようなアングルで写真を撮った記憶がある
西の丸の端、ワの櫓とカの櫓
菱の門
ここから有料区域になる
菱の門を入り西の丸に向かう途中に建っていた。
ここだけは何故か桜の散りが早く、碑の周りには花びらがいっぱいだった。
中村大佐こと中村重遠(シゲトウ 高知県宿毛市出身 1840〜1884)は、陸軍卿山形有朋を説得し、明治時代陸軍の練兵場時代崩壊寸前の天守を修繕し、以後の姫路城保存の切っ掛けとなった。
三国堀辺りからの景観
― 関 連 記 事―
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