ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

東海紀行

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名古屋市に寄贈された「楊輝荘(ヨウキソウ)」は現在北園のみ公開している。
 
楊輝荘の名は、この辺りが江戸時代より観月の場として知られており、これに因み、陶淵明の「月を愛でる詩」の中よりとられたそうだ。
 
そういえば、この辺りに、観月町、とか月見町という地名があったことを思い出した。
 
その後、地名変更という無粋なことをしていなければ、今でも探せば見つかるはずだ。
 
北園を見物した後、ガイドUの案内で、マンションを通り抜け南園へ行った。
 
南園は修復中で公開されていないが、垣根越しに「聞松閣」が眺められた。
 
南園には「聞松閣」の他、大正8年(1919)松坂屋本館の土地にあった屋敷を移築した「楊輝荘座敷」や回遊式の枯山水庭園があるそうで、今年9月の公開が待たれる。
 
 
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豊彦神社
伊藤家の信仰を集めていた。この一画だけは宗教施設故、市有となっていない。
伴華楼との境界の瓦塀が美しかった。
 
 
 
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伴華楼(バンガロウ)
昭和4年(1929)鈴木禎次(名古屋高等工業学校教授、名古屋の近代建築の巨匠、夏目漱石の義弟)設計により、尾張徳川家ゆかりの座敷に洋室を加えた建物。
Bangalowをもじって伴華楼(バンガロウ)と呼ばせた。
二階和室には千年杉の貼り合わせの欄間があり、伊藤家の伝統行事が行われた。
 
 
 
 
 
 
 
 
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伴華楼玄関
階段、などは、白雲橋階段同様、五色玉石貼りとなっている、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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伴華楼フロント
小さなホテルを思わせるようなフロントとなっていた。
全体的にアールデコ風の造りとなっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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伴華楼廊下の無双窓
 
無双窓はエコな空調設備でもある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 8 伴華楼洋室外壁
二階部分はさわら材のうろこ壁となっており
和室部分にもつながっており違和感がない。
暖炉の煙突は市松模様のタイル張りとなっている。
なお、二階洋室の暖炉 には飛鳥時代のものなどの古瓦が埋め込まれていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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南園「聞松閣」
現在修復中で非公開
外から覗いて撮影。
昭和12年(1937)建築の迎賓館
ベンガラ色の土壁にハーフチンバーの外壁の造りの山荘風の外観をしている。
 
南園にはこの他、楊輝荘座敷、枯山水庭園があるそうで、今年9月の公開が待たれる。
 
 
 
 
 
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楊輝荘(ヨウキソウ)を見学した後、幹事Hの案内で日泰寺参道より一筋西に入った所にある料亭「松楓閣」で食事をとった。 
 
なかなか立派な店構えだったので写真を撮っておいたが、後で聞けば建物は登録文化財とのことだった
     
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料亭「松楓閣」
 
 
 
 
 
 
 

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