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すっかり涼しくなり、そろそろ紅葉の知らせが舞い込むようになってきた。 約1か月前は最高気温が30℃近く、又台風の災害とで今とは全く違う状況であった。 そんな1か月ほど前、京都の嵐電沿線の内「蚕ノ社」から「嵐山」をぶらぶらした。 「四条大宮」から嵐電に乗り「蚕ノ社」で下車し、北に5分ほど歩くと「蚕の社」ともいわれる「木嶋神 社社頭に着いた。 木嶋神社は正式には「木嶋坐天照御魂神社(コノシマニイマスアマテルミムスビノヤシロ)と言うのだそうだ。 この神社の祭神は、天御中主命(アメノミナカヌシノミコト)、大国魂(オオクニタマ)神、穂々出見(ホマデミ)命、鵜茅葺不合(ウ ガヤフキアエズ)命の四柱で、「続日本紀」大砲元年(701)4月3日の条に神社名が記載されている古社である。 この嵯峨一帯はは古墳時代に朝鮮半島から渡来し、製陶、養蚕、機織などに優れた技術を持っていた秦氏 の勢力範囲で本殿の東側に織物祖祖神を祀る摂社・蚕養(コカイ)神社(東本殿)があり、「蚕の社」もそれに因 んだ社名である。 この神社は古くから祈雨の神として信仰が厚く、参詣の人が多かったことが、平安時代に書かれた「日本 三代実録」や「梁塵秘抄」などの文献からうかがい知ることができる。 社殿は明治以降のもので、南に面した初頭から参道を行くと、拝殿、拝所、本殿、東本殿からなり、 社殿を取り囲む境内は巨樹が繁茂していた。 本殿の西側前には「元糺(モトタダス)の池」があり、その北端に京都三鳥居の一つとされる石製三柱鳥居が建 っていた。 祭神は、天御中主(アメノミナカヌシ)命、 大国魂(オオクニタマ)神、 穂々出見(ホマデミ)命、 鵜茅葺不合(ウガヤフキアエズ)命 奥正面に本殿があり、 東側に織物の祖神をを祀る蚕養神社(東本殿)がある。 「文化14年(1817)5月 西陣縮縮緬仲間」と刻まれた石が組み込めれていた。 天保2年(1831)再興 夏期土用の丑の日には、この池に手足を浸すと諸病によいという庶民信仰がある。 |
京洛逍遥
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