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丁度百段登ったところで小台地に出、そこに門があった。 門をくぐると右手に手洗場、左手に本坊らしき建物が見えている。 本堂や搭などの寺の主要な建物は、もう一段上の台地にあるらしい。 (井上靖「星と祭」桃と李) 山門まで808段あるという急斜面の石段を上り始めたが、すぐに息が切れてしまう。 体に爆弾を抱えているので無理をせず、抜かれていくのは悔しいがゆくっり、休み休みのぼった。 石段の両側には紫陽花が植えられており、梅雨時には参拝所者の目を楽しませることだろう。 そんなことを思いつつ上っていると、500段くらいから本堂の屋根が見え始めた。 700段あたりでは、車でここまで来られるようで、左手に駐車場があり、山門はもう眼の前だった。 そういえば、井上靖の小説「星と祭」の主人公・架山は、車でここまで来て、この石段を最後の100段 しか登っていないのだ! 石段の中央に、唐突という感じで「聖徳太子礼拝石」が建っていた。 因みに長命寺は、聖徳太子開基と伝えられ、中世には比叡山延暦寺の西塔別院であったが、現在は天台宗 系の単立寺院である。 山門は屋根のをもたない簡素な造りの冠木門であった。 左の門柱には「西国三十一番札所」、右の門柱にはに「姨綺耶山(イキヤサン 長命寺」と記してあった。 門を潜ると、井上靖が記すように、右手に手水舎、左手に本坊の勅使門と書院が建っていた。 主要な堂宇はさらに石段を上った上の台地にある。 本堂がまるで覆い被さってくるように建っているのが、石段の先に見えた。 石段を上り切り本堂西の広場に出ると、広場の南端に、天保の屋根瓦のオブジェや「琵琶湖周航の歌」の 碑建っていた。 この辺りで眼下の琵琶湖やその周辺のすてきな景色を眺めながら一休みし、琵琶湖周航の歌を口ずさん だ。 兎に角、石段はきつかった。 長命寺石段 500段あたりから本堂の屋根が見え始めた。 山門まで約700段のところに来たところで 中央に「聖徳太子拝礼石」が建っていた。 左に折れると、麓から登ってこられる車の駐車場があった。 寺の門としては珍しい、簡素な造りの冠木門。 向って左に 「西国三十一番札所」 右に「姨綺山 長命寺」 と記してあった。 本堂西南近くにオブジェとして置かれていた。 天保の屋根瓦の西隣り、本堂の西広場の南端に建っていた。 旧制三高の愛唱歌「琵琶湖周航の歌」の一節が刻まれていた。 小口太郎 作詞 吉田千秋 作曲 西国十番 長命寺 汚れの現世 遠くさりて 黄金の波に いざ漕がん 語れ我が友 熱き心 |
近畿紀聞
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