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処女塚公園の東に東明八幡宮というこじんまりとした神社があった。 処女塚古墳を訪れた帰り、好奇心に任せて覗いてみた。 社殿前の説明板によれば、この神社の由来は神皇后時代にさかのぼる。 神功皇后が朝鮮半島へ出兵の際、大臣の武内宿禰(タケノウチスクネ)がその健勝を祈って、この地に松を植えた。 松は茂り、大木となった。 後年、武内宿禰はこの地を訪れ、応神天皇の御威徳を称えて、松の傍らに祠を建て、神霊を勧請して「正 八幡宮」と称し、遠目(トオメ 東明)の郷の鎮守とした。 古来、厄除、息災、願望成就の神として近郷の崇敬が篤いという。 武内宿禰が植えた松は明治に枯れてしまったので、「武内松」碑と株の一部が保存してあった。 因みに、武内宿禰(「古事記」では建内宿禰)は大和朝廷初期に活躍して伝説上の人物。 「記紀」によれば、第8代孝元天皇の孫あるいは曾孫で、景行、成務、仲哀、応神、仁徳の五代の天皇に 二百数十年間仕え、神功皇后を助け、新羅征伐に従事した。 葛城(カツラギ)、巨勢(コセ)、平群(ヘグリ)、蘇我(ソガ)、紀氏など28氏の祖とされる。 祭神:応神天皇 武内宿禰が植えた松は、江戸時代幹回り5mの巨木となり武内松と呼ばれ、摂津の名所となった。 古歌に 立ち寄りて いざ事訪わん この里の 社の松に 古き昔を 大中臣為村 尚、老松は明治時代に枯れてしまったので、その一部を保存している。 |
神戸物語
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