ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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天文町2丁目から大蔵本町に入ってすぐに大蔵院が建っていた。

嘉吉元年(1441)嘉吉の変を起した播磨守護・赤松満祐(ミツスケ)の弟・祐尚(スケナオ)が幕府追討軍を大蔵谷で迎え

撃った。

赤松祐尚は三木に居城を移すに当たり、陣屋の跡を寺院にしたと言われる。

江戸時代、代々の藩主から手厚い待遇を受けた。

幕末の文久3年(1863)明石藩主松平慶憲(ヨシノリ)に攘夷勅書を伝達する為、明石に来た監察使・四條隆謌(後

の「7卿落ち」の一人)が宿泊した。


イメージ 1 天文町2の道標 
天文町2丁目南東角 
明治43年設置子午線標柱近くに立つ
「左 ひやうご大阪道」
「右 加古川ひ免ぢ道」





イメージ 2 大蔵院山門 
山号:見江山
宗派:臨済宗
開基:中巌円月
創建:赤松祐尚(スケナオ)



イメージ 3山門扁額     
筆は沢栄(明石出身の江戸時代の高僧)



イメージ 4石造青面金剛仏  
門から入って左手の小さな祠に安置




イメージ 5 大蔵院本堂   
本尊:聖観世音菩薩(伝定朝作)



イメージ 6 ヤノネボンテンカ   
本堂前に咲いていた。
美しかったので思わずパチリ



イメージ 7無縁墓塚     



イメージ 8赤松祐尚夫婦墓     
南側の霊園の北隅にあった。
夫婦の法号が寺の山号と寺号になった。


イメージ 9







   関  連  記  事



トンボを乗せた子午線表示柱  昭和26年設置の子午線表示柱  明治43年設置子午線標柱

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