|
国道2号を東に歩き、とうとう明石市大蔵谷から神戸市垂水区舞子にはいった。 市境は国道2号が28号と合流した少し東、暗渠になっていて見落としそうな狩口川(水無川)の様だ。 さらに700mほど歩くと、海側に斜めに入いり、国道2号と海岸に挟まれた生活道路(「垂水なぎさ街道」と 名付けられていた)、があった。 「垂水なぎさ街道」を行くと六神社(舞子六神社)が鎮座していた。 神社から頂いた由緒書きによれば、 「創建については元禄2年(1689)までに遡ることができるが、記録が失われているので、それ以前は不詳 である。 江戸時代前期より播州明石郡山田村の村の総鎮守として六社大明神の社を建て、六社の神を祀ったのが創 始である。 創建当時より『六社大明神』と称していたが、明治初期の神仏分離令により、明神号を廃止、明治7年 (1894)「六神社」と改称し現在に至っている。」とあった。 境内中央に社殿(拝殿、本殿)周囲に7摂末社があり、大黒社と戎社には大きな石像が置かれてあった。 なお、ほど近い舞子公園北側旧木下住宅の南に鎮座する「若宮八幡神社」はかって六神社の神輿渡御 の際の御旅所であった。 JR(当時の国鉄)山陽本殿の高架や踏切の廃止などで、現在は行われていない。 神社境内を巡った後、海岸に出てみた。 漁港になっており、防潮堤が視界を遮った。 防潮堤の上に上ると、明石海峡が広がる。 左(東)手は淡路島と結ぶ明石海峡大橋が間近に、右手は、海岸線間際までマンションなどの建物が建ち、 その前の防潮堤に波が打ち寄せる海岸線が弧を描いていた。 祭神:伊弉諾命、伊弉冉命、天照大御神、 素戔嗚尊、蛭子大神、月読見尊 社殿は明治23年(1890)再建 阪神淡路大震災で被害に遭い 平成19年(2007)修繕 大黒(左)、戎(右)の石像 祭神:応神天皇 仁徳天皇 創建は不詳 「東舞子の厄神社」とも呼ばれ、東舞子の氏神として崇敬されている。 六神社由緒について: 江戸時代前期、明石岩屋神社より御分霊を勧請して山田村の鎮守とした(道谷卓監修「神戸西国街道まわり 道」、とか舞子北方にある多聞六神社が元12神を祀る「多聞十二所明神」と呼ばれていて、江戸時代にそ の中の6神を移した(北村裕「西国街道歴史散歩」)P174〜175)と書かれているものがあった。
|
全体表示
[ リスト ]


