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大宮八幡宮の境内を巡った後、北側に月輪寺が建っていた。 石段を登ると山門があり、境内に入ると西側に本堂が、東側に文殊堂が建っていた。 本山の縁起は、天川友親編纂「播陽万宝智恵袋」(宝暦10年)の巻之六「十六郡寺院縁起」によると、次のよ うなものだ。 孝徳天皇の御代、白雉3年(652)法道仙人が当山に来た時、仏法有縁の霊感を得て、松の下で法華経を 読誦した。 その時、甲冑を身にまとい、鉾を持った童子が一人、忽然と現れて、『我は北天守護の毘沙門天也、 汝、此れを聞き、伽藍を建立し、大慈大悲の尊像を安置すべし。我、又仏法興隆の応護たるべし。 是より東南に当て、ひとつの峯あり、高野と号す。 汝早くかの峯に至り、本尊の尊容を拝すべし。』と 告げ飛び去った。 法道仙人は歓喜し、その山に行くと、赫々たる月輪の中に十一面千手観音が出現した。 それ故、山号を高野山、寺号を月輪寺と号し、十一面千手観音を祀り、七堂伽藍を整えた。 山号:高野山 宗派:真言宗大覚寺派 開基:法道仙人 本尊:法道仙人自作の十一面千手観音(秘仏) 本尊を納めた厨子の前には 御前立本尊の十一面千手観音が安置してあった。 播磨西国第五十五番霊場
明治27年(1894)建立 本尊:文殊菩薩 不動明王、愛染明王、弘法大師像なども安置 文殊菩薩は三木金物業界の守り本尊として崇敬されている。 江戸時代、大和の名刀鍛冶・文殊四郎包光宗兵衛に因む金物取引の株仲間「文殊講」があり、この講が文殊菩薩を信仰していた為のようである。 地 図 |
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