ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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多聞寺前の、川沿いの道を東北方向に凡そ200m進むと、多聞六神社が鎮座していた。

道路に面して建つ石造りの鳥居の後ろは、80余段の石段となっており、周囲は緑濃い鎮守の杜が囲んでい

た。

:)が訪れたのは、山村裕著「西国街道歴史散歩」(関西歴史散歩の会)の舞子六神社の項に、

多聞六神社はもと十二神を祀る「多聞十二所大明神」と呼ばれ、江戸時代にその中から六神を移したので

舞子六神社と呼ばれると云う趣旨の記述があった。
 
しかし、舞子六神社の宮司さんにお尋ねしたところ、そのようなことを書かれていることは知っている

が、「多聞十二所大明神」云々ついて、当方は全く知らない、と仰っていた。

もしや、多聞六神社側に何か裏付けるもの、痕跡があるのではと思って来たのだが、その様なものは何も

なかった。

この辺りは、かっては丘陵が続く長閑な田園だったと聞くが、昭和40年代頃からの急速な団地開発が進

められ風景が激変した。

しかし、この神社は、この辺りの総氏神として今も鎮座している。


イメージ 1 多聞六神社
説明板によれば、貞観5年(863)創建
明治7年(1874)村社に列する
明治37年(1904)多聞鎮座の日吉神社を合祀





イメージ 2 社 殿
祭神:伊弉諾命(イザナギノミコト)
   伊弉冊命(イザナミノミコト)
   大日霎命(オオヒルメノミコト)、
   月読命(ツキヨミノミコト)、
   蛭子命(ヒルコノミコト)、
   大山咋神(オオヤマヅミノカミ)



イメージ 3

                            東出入り口付近からの眺望 
以前は、丘陵が続く長閑な田園地帯だったと聞くが、昭和40年代頃からの急速な団地開発が進められ風景が激変した



イメージ 4

                                   地 図





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