ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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午後 近江八幡に来た。同行のSさんの勧めで安土まで足を延ばし、JR安土駅から15分ほどのところにあ

る沙沙貴神社を参拝した。

沙沙貴神社は、佐々木源氏(宇多源氏)発祥の地ともいわれ、鎌倉から戦国時代にかけて近江を支配した

佐々木氏の氏神で、今では全国に広がった佐々木家やその流れの京極、黒田、三井、大原、高嶋、六角、

乃木等の諸家の氏神として崇敬されている。

祭神は佐々木大明神(第一座 少彦名命、第二座 大毘古神、第三座 仁徳天皇、第四座 宇多天皇と淳

実親王 の四座五柱の神)である。

もともとは、古代豪族沙沙貴山君(ササキヤマキミ)が開いた沙沙貴郷あるいは佐々木庄の産土神だった。

その後、宇多天皇の子・淳実親王の玄孫・源成頼が当地に下り、その孫・経方(ツネカタ)が佐々木氏名乗ったこ

とから佐々木源氏が始まり、その氏神となったと思われる。

約7千坪の境内には、楼門、東西回廊、拝殿、中門、透かし塀、本殿、権殿などが並んでいた。

楼門は、江戸時代中期、そん他は江戸時代後期に再建されたものだ。

訪れるのが遅かった所為か、境内にはほとんど人影は見なかった。


イメージ 1 沙沙貴神社社頭
大鳥居の中央に「佐佐木大明神」の額が掲げられている。
佐々木大明神は
  第一座 少彦名命、
  第二座 大毘古神(沙沙貴山君の祖神)、
  第三座 仁徳天皇、
  第四座 宇多天皇
      淳美親王(宇多天皇の子) 
 の四座五柱の神である。




イメージ 2 大鳥居の神額
源頼朝より近江国の惣追捕使(後の守護職)に任じられた佐々木定綱は、頼朝の自筆と伝えられる「佐佐木大明神」の神号額面を、文治2年(1186)大鳥居に掲げた。
現在は古額を保存して、写を掲げている。



イメージ 3

                                  楼 門 
延享4年(1747)再建 葭葺二層門
平成26年(2014)屋根葺替
左右の廻廊は弘化5年(1848)再建



イメージ 4 拝殿・本殿
いづれも弘化5年(1848)再建 銅板葺 奥の本殿は現在修理工事中か周りに足場が組まれていた。




イメージ 5 権 殿
弘化5年(1848)再建



イメージ 6

                           磐境、乃木将軍手植えの松
権殿の(向かって)右隣に磐境があった。 磐境は少彦名命、沙沙貴山君(ササキヤマキミ)を祀る。
前に乃木将軍手植えの松が植えられていた。
乃木家は佐々木四郎高綱の後裔で、乃木希典将軍と静子夫人は沙沙貴神社を深く崇敬した。
明治39年(1906)6月28日参拝した折、手植えしたもの。



イメージ 7 呑月(鈍穴)の庭 
明治22年(1889)勝元宗益(号:呑月、鈍穴)が作庭した。

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