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江戸時代から、加藤清正が奉納したと伝わる鬼面を被って旧暦正月7日に無病息災などを願って「大宮の 鬼追」が行われていたが 昭和11年(1936)から途絶えていた。 昭和37年(1972)、伝統が失われることを惜しむ人々により「三木鬼追保存会」が結成された。 翌年より神仏混淆時代の名残を残し、月輪寺、大宮八幡宮協力より再開され、以後毎年1月第三日曜日に 行われている。 月輪寺で整えた鬼たち(赤鬼3匹、黒鬼3匹、子鬼4匹)は、法螺貝を吹く先導役に先導されて、お坊さんを 先頭にして大宮八幡宮に入りる。 拝殿で神主からお祓いを受けた後、境内の舞台で「オーニゴン・ハリー」の掛け声に合わせて奉舞をし、 最後は餅まきをして終了した。 張り出されていた「三木鬼追保存会」の説明によれば、舞台に登場する赤鬼、黒鬼は善鬼である。 昔、同族の鬼たちが非行を繰り返すのを憂いた赤鬼と黒鬼が、神仏の教えに従って松明を作り、これを大 宮八幡宮の御燈明の火を移し、赤々と燃え上がるこの松明を振りかざして荒れまわる鬼たちを鎮圧し、食 豊かな春爛漫の平和が甦ったという伝説に基づいているという。 法螺貝吹きを先導されて月輪寺の僧を先頭に介添え役に支えられた鬼たち(お面を被っているので視界が利かないらしい)が大宮八幡宮でお祓いを受ける為拝殿に向かった。 春爛漫の世相を表す奉舞 桜花を持っての奉舞 鬼たち(赤鬼3匹、黒鬼3匹、子鬼4匹)が桜花の枝を背負って、「オーニゴン・ハリー」の掛け声と共に舞台を順次踊っていく。 悪鬼を鎮圧する様を示す奉舞 赤鬼は斧、黒鬼は松明を持って、、「オーニゴン・ハリー」の掛け声と共に舞台を順次踊っていく。 奉舞の途中、赤鬼は、舞台中央にある鏡餅を斧で割る仕草をする。 餅きり行事は、食が豊かであり、これを共に分かち合うという、共存共栄の意味があるそうだ。 |
播磨淡路風土記
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