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萩城本丸跡の北側に樹木で覆われた標高143mの指月山があり、その頂上に詰丸跡が残っている。 そこへ行ってきた人が「上からの眺めはいいですよ」と言っていたのを耳にした、同行のHが盛んに 行きたがるので、登ってみることにした。 たかが、143mとはいえ、あちらこちら回ってきた後に、胸に爆弾を抱えている身にはきつい。 それでも15分ほどして頂上にたどり着いた。 詰丸は、指月山山頂に造られた萩城最後の砦として造られたものである。 周囲は石垣と土塀で取り囲み、要所には矢倉を配していた。 戦時には籠城する為であり、平時には眺望利く大小様々な矢倉から陸地と会場を監視した。 ここも建物の類は一切ないが、石垣の他、飲料や消火用の貯水施設であった用水や池、石垣石を調達した 石切り場も残っていた。 ただ、頂上ににきて、周囲を眺めようとしたが、樹木に視界が遮られた。 わずかに木々の切れ目から萩城下町が眺められただけであった。 指月山と萩城址はやはり外から眺めるのが一番だった。 頂上への山道を登り始めたところに建っていた。 明和7年(1770)第7代藩主毛利重就によって建てられ、萩城鎮護の社として、かってこの辺りにあった仰徳神社の由来を記したもの。 現在仰徳神社の社殿は志都岐山神社の東隣に移されているそうだ。 頂上からの城下の眺め 菊が浜からの萩城跡・指月山の眺め |
山陰紀行
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