ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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JR大阪駅から徒歩10分位のところにある露天神社(お初天神)を参拝した。
「キタ」と呼ばれる大阪の繁華街の中心、ビルに囲まれた一画にある。
商店が軒を連ねる曽根崎お初天神通りを抜けると露天神社(お初天神)だった。
当日は12月の第1金曜日とあって、境内は蚤の市を催していた。
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元来この神社は1300年くらいの歴史を持つほど古いのである。
ところが、昌泰4年(901年)九州に配流の途中の菅原道真がここに寄り、
「露と散る 涙に袖は朽ちにけり 都のことを 思い出づれば」と詠んだことから、
露天神社という名になったとのこと。

時代が下って、元禄16年(1703年)堂島新地の天満屋遊女「お初」と内本町平野屋手代「徳兵衛」が
「天神の森」で情死する事件が起こり、これを近松門左衛門が「曽根崎心中」として劇化した。
これが、大評判になり参詣回向の老若男女が大勢押しかけた。
以後、人々は「お初天神」と通称するようになった。

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2人の回向とともに恋の成就(それだけでは無いかもしれないが)を願う人多く参拝にきていた。
境内には大阪らしくズバリ!「開運稲荷」(本当は玉津稲荷)の社があり、
こちらにも参拝する人が多かった。

ー参考ー                                             地図は[ここ]をクリック

ー蛇足ー
近松門左衛門の「曽根崎心中」”道行きの段”の名調子を記す。
この世の名残り 夜も名残り 死に行く身をたとふれば あだしが原の道の霜
一足づつに消え行く夢の 夢こそ哀れなれ
あれ 数ふれば暁の 七つの時が六つに鳴りて 残る一つが 
今生の 鐘の響きの聞き納め  寂滅為楽の響きなり
鐘ばかりかは 草も木も 空を名残りと 見上ぐれば
雲心なき水の音 北斗は冴えて影映る星の妹背の天の川
梅田の橋を鵲の橋と契りていつまでも
われとそなたは女夫星 必ず添うと縋り寄り 
二人が中に降る涙  川の水嵩も増さるべし
   ・・・・・・・・・
誰が告ぐるとは 曽根崎の森の下風 音に聞こえ
取伝え貴賎群集の回向の種 未来成仏疑ひなき
恋の 手本となりにけり

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