ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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国道2号線福田川信号から北に折れ、北に上る県道を4kmほど進み、中山大橋の信号をさらに200m進ん

だところで左(西)に折れ坂道を上って行くとやがて転法輪寺に着いた。

大同元年(806)在原行平が、平城天皇(在位806〜809)の病気平癒を祈願して建立したという寺伝がある古

刹である。

周囲は新興住宅地となっているが、この寺の寺域と西の背後は照葉樹林帯となっている。

この寺には、重文の上品下生の印を結んだ半丈六の阿弥陀如来坐像が本尊であるが、収蔵庫に安置されて

いるのか、拝観することはできなかった。
 
江戸時代の絵図には、三重塔が多くの僧坊と共に描かれているが、今はなかった。

なお、在原行平(818〜893)は平安時代の歌人であるが、寺伝による建立時期が合っていない。



イメージ 1 転法輪寺本堂
山号:竜華山
宗派:高野山真言宗
創建:大同元年(806)
創建時は東垂水の高台にあったのをここに移されたようである。



イメージ 2 本堂内部
奥檀上には施無印・与願印を結んだ阿弥陀如来坐像、十一面観音立像、四天王像が安置してあった。
重文の本尊・阿弥陀如来坐像はどうやら近くの収蔵庫に保管されているようだ。





イメージ 3 イメージ 4
                                 護摩堂
不動明王坐像と不動明王立像を安置している。




イメージ 5 大師堂
弘法大師を祀る。



イメージ 6 阿弥陀堂 
定印を結ぶ阿弥陀如来坐像を安置している。



イメージ 7 石造観音像 
観音堂近くに置かれている石仏。
両手を前で重ねている姿が珍しいと思ったのでパチリ。



イメージ 8 庫裏の庭 
庫裏の庭は公開されている訳ではないようだが、生垣越によく眺められた。



イメージ 9 男根石 
庫裏の庭の隅の五重石塔の近くに男根石と言われる石が置かれている。
 
垂水駅ロータリー東端、商店街を通り抜けると、道の西側に池姫地蔵尊があり、地元の人々によって世話

されているらしく、境内は綺麗で、生花がその和えられていた。

更に進むと道―県道488号線は少し東に折れて行き、北側に、瑞丘八幡神社が鎮座していた。

瑞丘八幡神社の創祀年代は不詳であるが、江戸時代には「厄除八幡神社」あるいは「垂水郷八幡宮」とし

て、垂水各村、明石藩から尊崇され、その後「瑞丘八幡神社」に改称したが、「垂水の厄神さん」、「厄

除け八幡」として今なお信仰を集めている。


更に進み、高丸3丁目で北側の坂道を上った。

そこには三菱重工業の社員寮や社宅が建っている。

昭和40年代住んでいた大先輩の知人が撮ったという風景写真が、手元にあるのでそれと比較してみた。

今は落ち着いた住宅地となっている東垂水が、当時は住宅開発真っ盛りだったことが良く分かった。

眺めていたら、自分が住んだ訳でもないのに、何となく懐かしささえ覚えた。


イメージ 1 イメージ 2
                               池姫地蔵尊



イメージ 3 瑞丘八幡神社 
祭神:応神天皇、神功皇后、比売大神、
   奥津彦神、奥津姫神、
   菅原道真、豊臣秀吉
創祀年代は不詳であるが、社殿の棟札の裏書により、文禄7年(1564)まで遡ることができる。



イメージ 4 瑞丘八幡神社社殿
文政6年(1823)造営
境内はヤマモモ、クロガネモチ、ヒメユズなどの照葉樹林の鎮守の杜となっており、その中に社殿があった。





イメージ 5 拝殿の社額
昭和6年(1931)周辺の天満天神、荒大神、豊臣秀吉を祀る瑞丘社(天満宮)が合祀された名残か、中央に「八幡宮」向かって左に「荒神宮」、右に「天満宮」の額が架かっていた。



イメージ 6 高丸から東垂水を望む 
東垂水は住宅化され、一部は更に建て替えなど更新されている所もある。
手前の駐車場になっている所は昔、グラウンドだった。



イメージ 7 1971年頃の眺望 
1970年代は盛んに住宅化の開発が行われていた。
手前グラウンドは高層マンション風の社宅とその駐車場になっていた。



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                                     地 図 





   関  連  記  事





 
垂水駅ロータリー西端、商大筋にの西側に高尾子安地蔵、更に少し北に進むと西垂水霊園があり、その中

に遊女塚(石造宝篋印塔ー県指定重要文化財)があった。

高度成長期から急速に市街化したこの辺りだが、地元民の信仰の深さの示す名残を見ることができる。


イメージ 1 高尾子安地蔵尊
今は暗渠になっている国道2号線の天神川西、通称河西町に点在していた小さな地蔵尊を纏め、大正10年(1921)建立された。
大正13年(1924)鵯越の高尾山地蔵院がら勧請したので「高尾」の名が付いたのではないかと言われている。



イメージ 2 高尾子安地蔵尊
扉の隙間から覗くと、
お堂の中には石造が6、7体安置してあった。



イメージ 3 役行者像  
高尾子安地蔵尊 境内に安置してあった。
一般の役行者像に比べて優しいお顔だった。



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                            遊女塚(石造宝篋印塔)
総高約4m、塔自体が大日如来で中央部四方に如来仏を表す梵字が彫られている。
笠石の四隅にある三角形の突起の梵字は如来を守る四天王と如来に奉仕する菩薩を示している。
この塔は、もと西国街道に沿った丘の上にあったが、明治21年(1888)鉄道敷設により現在地に移転した。
台石の刻みによれば、建武4年(1337)士忠禅師によって建てられた。
「遊女塚」と呼ばれるのは、垂水沖で溺死した遊女の供養塔とか、塔が建っていた移転前に遊女の塚があったとかの伝説による。





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                              所在を示す地図


   関  連  記  事






好天の日地曜日とあって、「あわじ花さじき」は人出で多かった。

パンフレット等によれば、兵庫県が「あわじ花さじき」は花の名所として、淡路島北部丘陵地帯の頂上部

(標高298m〜235m)に明石海峡大橋開通にあわせて設置し、平成10年(1998)4月4日から公開したものだ。

大阪湾に向かってなだらかに広がる高原には、コスモスなどの多くの秋の花が咲き、明石海峡大橋の主塔

が覗いていた。

展望台からは関西国際空港も眺められるらしいが、残念ながら分からなかった。



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                          コスモス花畑とパンパスグラス




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                            ソバ花畑とパンパスグラス
未だ花弁は付けていたが、残念ながら鑑賞に堪えうるソバの花期は終わっていた



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                             アメジストセージの花壇 
奥の黄色の花壇はジニアの花壇



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                            園内麓から展望台を望む
展望台は木製のテラスデッキとなっており、そこからは360度の展望が楽しめる。




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                       ストック花壇越しに見る明石海峡大橋の主塔

快晴が続くので、明石海峡を渡り、淡路島の「あわじ花さじき」に行って来た。

神戸淡路鳴門自動車道「淡路IC」から県道県道157号線に降り、南に約7km行くと「あわじ花さじき」

はあった。
 
現在コスモス祭を開催中であるが、満開の花はコスモスだけではなく、ストック、ブルーサルビア、サル

ビア、三尺バーベナ(バーベナボナリエンシス)などが、大阪湾を見下ろす緩やかな傾斜の丘陵に広がって

いた。


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                                ストックの花壇




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                            ブルーサルビアの花畑



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                               サルビアの花畑 



イメージ 4

                    三尺バーベナ(バーベナボナリエンシス)の花畑




イメージ 5

                              コスモスの花畑

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