|
Kさんと天王寺からぶらりぶらりと言うよりやや早めに北に向って歩いた。 歩いた天王寺七坂界隈は大阪を知る場所として最近脚光を浴びている場所だ。 それを、道すがらKさんが熱心に説明してくれた。 だが、Kさんには申し訳ないが、今思い出そうとしても大方忘れてしまっている。 とうとう高津宮へ来た。 「高津の富」、「高倉狐」(関東では「王子狐」)、「いもりの黒焼き」や「崇徳院」などで 上方落語の舞台に登場する有名な神社だ。 高津宮は仁徳天皇を祭神としている。清和天皇が貞観8年(866)に、仁徳天皇が都を置いた難波高津宮の 旧跡地に創始した。 天正11年(1583)豊臣秀吉が大阪城築城に際し比売古曾(ヒメコソ)社の現在地に遷座し現在に至っている。なお、落語に登場する高倉稲荷は本殿の向って右側にあった。 戦災で社殿を尽く焼失したため、現在のものは昭和36年(1961)復興したものである。 比売古曾(ヒメコソ)社は高津宮の地主の大神として本殿の向って左側に祀られていた。 高津公園、参道の右手奥、に水の枯れた池跡があった。 Kさんによれば昔はここに水が湧いており道頓堀川の水源だった、と言う。にわかに信じがたかった。 しかし、表参道の途中に梅の橋があり、高津宮のパンフレットには「江戸時代この橋の下に梅川と言う川 が流れていて道頓堀川につながっていた」との記載がったので、Kさんの言うとおりかも知れない。 蛇足ながら落語「崇徳院」でのキーワードは次の一首だ。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2007年10月20日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]


