ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

旧山陽道と萩往還の合流地、酒垂山の裾に防府天満宮があった。

防府天満宮は京都の北野、福岡の大宰府と共に日本三天満宮のひとつの天満宮だ。

九州への西下の途中、防府に立ち寄った菅原道真はこの地が気に入り、自分が死んだら魂となって帰って

くると約束したと伝えられており、九州で道真が亡くなった翌年の延喜4年(904年)、日本で最初の天満宮

として創建されたとのこと。

イメージ 1
石鳥居
江戸時代の初期寛永6年(1629)当時萩藩で活躍した石工木賀兵衛尉によるもの。初代萩藩主毛利秀就が天満宮を造営遷宮を行った時寄進したもの。









イメージ 2
大専坊
参道を楼門に向って歩いていくと左手に立っていた。
防府天満宮正面の境内には明治維新まで9つの社坊が立ち並んでいて一山の総号を酒垂山萬福寺と称えた。大専坊はその別当で、天満宮創建当時の草創といわれている。
弘治3年(1557)毛利元就が大内義長を山口に攻め、長府で自刃せしめて防長両国を平定するまで本拠地にした。また、幕末にはこの地を警護する諸隊の屯所となった。




イメージ 3
楼門
石段を登ると注連縄が張られた奥に建っていた。









イメージ 4
拝殿
銅板葺きの重厚な建物だが、派手な楼門に比べると質素に感じてしまう。










イメージ 5
春風楼
当初五重塔を建てる予定で工事を開始したが諸般の事情により中止になった。
この後楼閣形式で明治6年(1873)完成した。
この楼閣からは防府市内が一望できた。

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事