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旧山陽道を防府天満宮から毛利氏庭園に向って歩いていると、旧山陽道沿いに佐波神社があった。 佐波神社はもと金切神社といい、仲哀天皇が筑紫征伐の際、立ち寄られ、賊軍討伐の祈願のため天照皇大 神のほか十三柱を祀られたのが金切神社のはじめと言う。国府が置かれてから周防国の総社となった由緒 ある神社である。 明治40年(1907)に勝間神社(浜の宮)、八幡社、日吉神社を併せて佐波神社と改称したとのこと。 鳥居をくぐり、階段を登ると広い広場となっており、その奥に拝殿があった。ざっと見渡した限りでは是 といった特徴のあるものはなかった。 石の鳥居 拝殿 史跡周防国衙跡の碑 この神社の南向かいにこの碑が立っていた。この辺りが国府の西北限だったようだ。 |
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2007年12月06日
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