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西舞鶴駅で下車し、徒歩約10分のところに田辺城があった。 JR線の車窓から良く見えるので行ってみたのだ。 田辺城は天正8年(1580)細川藤孝(幽斎)、忠興親子が丹波を領した時、築いた。その後、細川、京極、牧 野の居城となったが明治6年(1873)廃藩置県で廃城となり、本丸付近は舞鶴公園となっている。 舞鶴の地名は田辺城の雅称「舞鶴城(ブカクジョウ)」に由来しているとのこと。 昭和15年(1940)隅櫓を模した展示館「彰古館」が建てられ、平成4年(1992)城門が石垣と共に新たに建て られている。城門の2階は田辺城の歴史を伝える史料館となっていた。 城内は樹木が植えられ東屋風の休憩所が作られていた。歴史的なものはわずかに残る石垣だけだった。 近くに明倫小学校がある。そこに藩校「明倫館」の門があった。門の左右は築地塀となっているものの、 門の奥は無粋なコンクリート製の四角い校舎だった。 門の保存の努力は認めるが、更に景観的な工夫が出来なかっただろうか?と、少し残念な気がした。 |
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2008年04月24日
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