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JR高岡駅から徒歩約10分のところに瑞龍寺はあった。 瑞龍寺は加賀藩3代藩主前田利常が2代藩主前田利長の菩提寺として建てた曹洞宗の寺で、日本で唯一現 存する七堂伽藍様式である。 寺の前は八丁道といわれる参道でその先(瑞龍寺と反対方向先)は前田利長の墓所だ。 門前で拝観料を支払い、まず総門に向う。 堂々たる薬医門様式の総門は正保年間に建立されたものとのこと。 総門を抜けると砂利を敷き詰めた空間が広がり、その先に山門が聳えるように建っていた。 山門は文政3年(1820)の再建で国宝だ。 山門では左右に金剛力士像を配し、楼上には釈迦如来、十六羅漢を祀っているとのこと。 山門を抜けると緑の芝の境内となりその先に仏殿が建っていた。 総門、山門、仏殿、法堂は一直線に並び山門、仏殿、法堂は「日」形の回廊で結ばれている。 そのシンメトリーな美しさに圧倒される。 仏殿の屋根は金沢城石川門と同じく鉛瓦が葺かれている。 なお、仏殿は万冶2年(1659)建立っされ、山門、法堂と共に国宝である。 仏殿の中に入る、文殊・普賢両菩薩を脇侍とした釈迦如来像が祀ってあった。 仏殿に向って右側の回廊沿いには大庫裡、鐘楼などがある。 それらを覗いたが綺麗に清掃され、厳しさが感じられ、いかにも禅寺らしい雰囲気を漂わせていた。 回廊をつたって一番奥の法堂に向う。 法堂は明暦年間(1655〜1657)に建てられ、国宝に指定されている。 法堂は2代藩主前田利長の位牌を安置している。 構造は方丈建築に書院建築を加味したものとなっている。 法堂の玄関にはビンズリさんが鎮座していた。信者が自分の患部に相応するこの像の体部をなでると病気や傷が治癒すると聞いているが、足の先から頭のてっぺんまで悪いところだらけの はどこをなでてよいのか分らず、結局拝んだだけで,どこもなでなかった。回廊の外に石造の前田利長、利家、織田信長、同室正覚院、織田信忠の分骨廟があった。 石廟の中には小さな宝篋院塔が安置してあった。 |
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2008年05月25日
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はどこをなでてよいのか分らず、結局拝んだだけで,どこもなでなかった。


