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首里城は14世紀末に創建された。 幾度か焼失したがその度に再建されてきた、中国や日本の文化も混合する琉球独特の城だ。 しかし、先の大戦で壊滅的に破壊されたが、1992年復元された。 守礼門を通り、琉球石灰岩を積み上げた城郭を目の前にすると、柔らかな曲線と高い石積みに何時来ても 驚嘆する。濠は一切なく、城郭は2重になっており、石門が要所、要所に高く建っていた。 歓会門 首里城の正門 別名「あまへ御門」 中国皇帝の使者「冊封使」など、訪れる人への歓迎の意をこめて名前が付けられた 1974年復元竣工 守衛も琉球の服装をしていた 久慶門(外側、内側) 別名「ほこり御門」。「ほこり」とは「喜び誇る」の意 城外へと続く出口に当たる門で、通用門として主に女性が利用していた 龍樋と瑞泉門 龍樋は瑞泉門の手前にある泉。国王一族の大切な飲料水で、冊フ封使が訪れた代には宿泊先の「天使館」まで届けられた。 「瑞泉」とは「立派な目出度い泉」の意。門の前にある「龍樋」に因んで名付けられた。 漏刻門 櫓の中の水時計で時刻を計ったことで名付けられた。 身分の高い役人も国王も敬意を表してここで加護を降りた。 右掖門 「久慶門」より東に伸びた石畳の坂道のうえにある。 国王やその家族が暮らす「御内原」へと続く通用門 木曳門 王朝時代の工事用通用門。普段は石をつめて、閉じられていた。 今は見学ルートの入口 漏刻門辺りから城外を見る 首里城は丘の上にあり、直ぐ近くに海が広がっていることがわかる。 |
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2008年08月15日
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