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8月15日は終戦の日だが、沖縄では、米軍が昭和20年(1945)7月2日に沖縄作戦終了宣言をしていた。 それに先立つ6月13日沖縄海軍主力部隊(司令官:大田實少将)は小禄地区で玉砕している。 今日の平和を実感するため、那覇市との境界にある旧海軍司令部壕を訪れた。 司令部壕は、昭和19年(1944)設営隊によって掘られ、450mにおよぶ。 カマボコ型に掘りぬいた横穴をコンクリートと杭木で固め、米軍の艦砲射撃に耐え、持久戦を続けるため の地下陣地で、4000人の兵士が収容されていたと言う。 戦後暫らく放置されていたが、現在は司令官室を中心に300mが復元開放されている。 壕入口近くの高台には慰霊塔が建てられていた。 おもわず合掌。 近くにホウオウボクが赤い花を咲かせていたが、当時は米軍の猛攻で草木一本も無い状態だったに違いない。 ここからは海が良く見渡せられた。 当時,孤立無援の将兵たちは,海を埋め尽くさんばかりの米軍の艦船をどんな気持ちで眺めたことだろう。 壕入口の資料館で、遺留品、写真パネル等で当時の状況を学び、階段を100段ばかり下る。 司令官室 簡素な机と椅子が置かれ、当時を再現していた。 昭和20年6月13日最後の電信を打った後、大田實少将以下6名が拳銃自決した。 幕僚室 司令官室、作戦室に近いこの部屋で、幕僚たちが手榴弾で自決した。 部屋の壁にはその時の破片がくっきりと残っている。 通信室 ここから大田少将が海軍次官に宛てて、沖縄県民の献身的な作戦協力について訴えた電信を打っている。 |
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2008年08月25日
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