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宇治神社、宇治上神社を参拝した後花でも有名な三室戸寺へいった。歩いて20分くらいの所にあった。 三室戸寺は、山号が明星山、本山修験宗別格本山である。 弘仁天皇は不思議な光明を夢で見た。 その出所を調べた所、三室戸寺の奥、宇治川の上流の滝壺の岩淵より千手観音像が出現した。 さらに、蓮華の花が流れてきて一寸二尺の輝く観音像に変えた。 三室戸寺は、この像をを本尊として,宝亀元年(770)光仁天皇の勅願により、奈良の行表法師を招いて創建 されたという。 三室戸寺は、5月にはツツジ、シャクナゲ、6月にはアジサイ、7月にはハス、秋には紅葉と四季を通じ 美しい花模様を楽しめる筈だが、今は季節外れでこれと言ったものはなかった。 山門 本堂 文化2年(1805)建立 重層入母屋造りの重厚な建物だ。 本尊とは別に珍しい正座姿の観音像も安置され、可愛らしい足の裏が衣の裾から覗いていることでしられる。 西国三十三所観音霊場第十番札所
三重塔 浮舟古跡 薫と匂の宮の当代きっての貴公子二人から愛され、結局死を選んだ浮舟の宿命と懊悩を伝える供養塔として追慕の念が絶えないという。 十八社神社 社殿は室町時代とのこと。 蜻蛉の古跡(線刻阿弥陀三尊佛) 宇治上神社から三室戸寺へ行く途中にある石仏。三尊佛の来迎を高さ約200cm、幅約100cmの自然石に線彫りしたもので、平安時代後期の作と考えらる。 三尊に加え、往生者を表す十二単衣の女性が刻まれていることから、俗に「かげろう石」と呼ばれている。 あやしうつらかりける契りどもを、つくづくと思ひつつけながめたまふ夕暮、 蜻蛉のものはかねげに飛びちがふを、 「ありと見て 手には取られず 見れば又 行方も知らず 消えし蜻蛉 あるかなきかの」と、例の独りごちたまふとかや。(紫式部「源氏物語」蜻蛉) (浮舟が死んでしまったと思って、彼女を追想している薫は、ある秋の夕暮れ蜻蛉がはかなく飛び交うのを見て「ありと見て・・・・そこにあると見えながらも手には取られず、手にしたと思うと、また行方も分らず消えてしまった蜻蛉よ、あるかなしかの」といつもの様に独り詠まれとか)。 |
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2009年02月10日
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