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萬福寺は、明の僧・隠元禅師が寛文元年(1661)4代将軍徳川家綱を大檀越として建立した黄檗宗の寺であ る。 黄檗宗は臨済宗、曹洞宗と共に日本三禅宗の一つで、萬福寺はその大本山として活動している修行の道場 である。 黄檗宗では、儀式作法は明代に制定された仏教儀礼で行われ、毎日誦まれるお経は黄檗唐韻で発音し、中 国明代そのままの法式梵唄を継承している。 五木寛之は彼の著「百寺巡礼」で萬福寺を「中国僧の思いが生き続ける大寺」と評しているが、 境内を巡っていると、中国風の伽藍と共に、禅宗独特の厳しさの雰囲気があり、五木寛之の評通りの感じ を受ける寺であった。 主要伽藍を囲むように廻廊が廻らされていた。 斎堂前の廻廊にぶら下げられていた。木魚の原型となっているもので、時を報じるものとして今でも使われている。 魚は目を閉じることがないと信じられ、常に目を開け修行に励めという意味、魚が銜えている玉は煩悩を表し、背中を叩いて吐き出させるという意味があると、Kさんから聞いたことがある。 青銅製の板で、開版と少し離れて、廻廊にぶら下げられていた。朝と昼の食事と朝課の時に打つもの。 禅堂、西方丈など5箇所に設けられている。開創以来三百余年、朝4時と夜9時に小槌で3打して朗々と唱え、起床と開枕(消灯)を告げ、順次打ち鳴らす。 この諷経で一日が始まり、一日が終わる。 巡照板に記載の五連の句意は次の通り: 謹白大衆(キンダーチョン)−−謹んで大衆(修行僧)に申し上ぐ 生死事大(センスオーダ)−−生死は、事大にして 無常迅速(ウージャンシンソ)−−無常は迅速なり。 各宜醒覚(コーギシンキョ)−−各々、醒覚して、 慎勿放逸(シンウファンイ)−−無為に、時を過ごさぬように。 仏道修行僧の心を、戒めている。(拝観のしおりの裏面より) 絵馬の図柄は布袋様(萬福寺では弥勒菩薩)であった。 総門正面道路向にある井戸。隠元禅師が掘ったと伝えられる。萬福寺を龍に喩え、その龍の目として総門に対して左右一つづつある。寺の発展を祈願したものといわれる。 |
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2010年03月12日
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