ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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大垣市内の中心部には水門川が流れている。
川沿いには城下町の名残りのものや、「奥の細道むすびの地」を売り物にしている関係からか芭蕉句碑などがある。
3月頃船町あたりを歩いたので、今回は新牛屋橋辺りから歩き始めた。しかし、程なくして、最上橋辺りに来た時天気が急変し、雨が降り出したので今回の散策はそこで中止した。
 
 
イメージ 1
岐阜町道標
 
新牛屋橋北東にある愛宕神社境内前に建っていた。
高さ3m余りの角柱状の常夜灯
文政5年(1822)石工の中谷甚平光景が岐阜町から美濃路への南出口に建立
その標面には美濃路を往来する旅人への道案内として、
正面に「右 きそ路  左 京みち」
左面には「北たにくみ道」とあるほか、道中の安全を願い梵字が右面に8文字、左面の上部に1文字深く彫りこまれている。 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 2奥の細道矢立初の句碑
芭蕉は深川の草庵を人に譲り、元禄2年3月27日(1689・1・16)早朝隅田川を舟で下り千住大橋北側あたりに上陸したと思われる。
「千じゅと云所にて 舟をあがれば前途三千里のおもひ
胸にふさがりて 幻のちまたに 離別の泪そそぐ
『行春や 鳥啼魚の 目は泪』
これを矢立の初として 行道をすすまず  人々は途中立ちならびて 後かげのみゆる迄はと 見送るなるべし」
                  (松尾芭蕉「奥の細道」)
 
 
 
イメージ 3
芭蕉句碑 日光
 
「あなたふと 青葉若葉の  日の光」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 4
 
「掘抜き井戸発祥の地」碑
平和橋近くにあった。
天明2年(1782)岐阜町こんにゃく屋文七が、川端に2mほどの穴を掘り、そこに5mの木材を打ち込み、その後に節を抜いた青竹を打ち込んだ。するとその竹の先から綺麗な水が噴出したという。
これがこの地方における掘抜き井戸の始めである。
 
 
 
 
 
イメージ 5芭蕉句碑 遊行柳 
 
「田一枚 植えて立去 柳かな」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 6
芭蕉句碑 須賀川
 
「世の人の 見付けぬ花や 軒の栗」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 7
 
栗屋公園自噴泉
 
大垣市内に多くある自噴泉の一つ

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