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融通念仏宗を開いたのは、平安時代後期の僧・良忍(1072〜1132 聖応大師)である。 良忍上人は12歳の時比叡山に入り修行・学問に励み、更に仏道を求めようと23歳の時、念仏聖が集う洛北 の大原に移り、念仏三昧に浸った。 永久5年(1117)46歳の時、良忍の前に阿弥陀如来が現れ、良忍に融通念仏の教えを授けた。 その後、鞍馬寺の毘沙門天に勧められて融通念仏を広めることを決意した。 大治2年(1127)聖徳太子の夢告により摂津平野に念仏道場を定めた。 その後の復興、再興を経て、大念仏寺は融通念仏の根本道場として現在に至っている。 宗祖良忍上人立像が安置 声明をしている姿の良忍像のようだ。 良忍上人(1072〜1132)は美声と音楽才能に恵まれ、天台声明を集大成、声明の中興者として知られる。 大原で声明の修練をしていた頃、良忍の声明と瀧の音が和して、ついには瀧の音が聞こえなくなったという。 弘化元年(1844)再建 蓮台に乗る等身大木像 樂山(ギョウザン)上人作の五万人勧進回向地蔵菩薩像 元禄6年(1693)創建 平成元年(1989)修復 堂の両袖に霊牌安置所を設けている。 円通殿本尊 木像で伝教大師作と伝えられる。 良忍上人の念仏勧進を助け、自らも融通念仏に深く帰依した鳥羽上皇を祀る。 正門、廻廊、奉安殿、修法堂からなる。 正門と廻廊は江戸時代、奉安殿と修行堂は昭和5年(1930)再建 文化3年(1806)改築 鐘は同時期改鋳で、従一位右大臣藤原家孝の銘がある。 ネパールより贈られたもの。 マニ車の中にお経が納められていて、手で廻すとお経を一巻唱えるのと同じ功徳があるという。 |
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2010年09月24日
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